パチンコ転職知識

パチンコの歴史⑩ パチスロAT機の登場

本コラムでは、パチンコ業界での転職に役立つ知識としてパチンコ・パチスロの歴史についてお伝えします。第10回は「パチスロAT機の登場」です。

目次

多様な進化を遂げるパチスロ開発

5回リミッター解除により、パチンコ市場が低迷する中、パチスロの人気は継続的に拡大していきました。

この時期、1997年から始まった保通協のパチスロ機申請時の「質問書方式」が一つの要因として挙げられます。

質問書のやり取りにより各社が試行錯誤し、多様なゲーム性の機械が開発され、日電協の内規改正を受けてCT機、大量獲得機、7ライン機などが登場しました。

さらなる革新が起こる中で最大の要因は、サブ基板搭載が可能になったことです。

これにより、パチスロにも液晶搭載が可能となり、サブ化により演出面の向上が図られました。

液晶演出や音声、ランプなどの制御をサブ基板で行い、メイン基板では出玉に関係する部分のみを制御する仕組みが採用されました。

これにより、演出面のクオリティ向上が実現しました。

しかし、パチスロでは演出面だけでない要素が存在しました。

メイン基板とサブ基板の双方向情報送信は禁止されていましたが、「メイン基板からサブ基板への一方向情報送信はOK」という制約がありました。

この部分が大きなカギを握っていました。

1999年7月に山佐製の「シーマスターX」、同年12月にアルゼ(現ユニバーサルエンターテインメント)製の「大花火」が発売され、これらの機種には演出用のリールが搭載されました。

特に注目されたのは、「レバーON時に成立している小役を告知する機能」でした。

この機能は後に「AT(アシストタイム)機」の基盤となり、新たな時代を切り開くこととなりました。


サブ基盤による「AT機」の登場

2000年5月、サミーより「ゲゲゲの鬼太郎SP」が「史上初のAT機」として発売され、これがパチスロ界における新たな時代を切り開きました。

前年の1999年から始まった「サブ基板搭載」により、パチスロには液晶搭載機が次々と登場し、サブ基板全盛期となっていました。

サブ基板は元々「出玉性能に関連しない、演出面の制御」のためのものでしたが、サミー製「ゲゲゲの鬼太郎SP」では新たな概念「AT」が生まれました。

これは、サブ基板からメイン基板への信号の伝達が許可されていることを利用し、「メイン基板からサブ基板へのフラグの成立信号」を使った小役告知機能が搭載されました。

通常時の小役確率は3分の1になり、AT中にはどの小役が成立しているかが表示され、指示通り目押しすることで3倍の確率で小役が入賞する特殊な状態を生み出しました。

この「AT」が導入され、同時に「サブ基板の制御が出玉率に直接影響を与える」新しいゲーム性が生まれると、パチスロの進化が加速しました。

しかし、当初のAT機は単なる次のボーナスまでコインを減らさない機能に過ぎませんでした。

その後、2000年9月にサミー製「ディスクアップ」が登場し、AT機能に加えてリプレイ確率がアップする「RT」を複合させた「ART」機能を搭載。

このART中のベースが150%となり、「ATでコインが増加する」時代が到来しました。

これにより、パチスロは新たな魅力とゲーム性を提供し、プレイヤーたちに大きな興奮をもたらしました。



AT全盛期「獣王」の登場

2000年11月、エレコ製「イーカップ」が「初の押し順ナビ搭載機」として登場しました。

この新しいATのゲーム性は「目押しナシで押し順ナビに従うだけ」というもので、後のパチスロ界に大きな影響を与えることとなりました。

ただし、「イーカップ」自体はAT中のベースが100%でしかなく、コインが増える仕様ではなかったため、大きなヒットには至りませんでした。

しかし、2001年1月10日にサミー製「獣王」が発表され、これが「スーパーAT」と名付けられたATの新たな時代を切り開きました。

このATは1ゲームの純増枚数が10枚、10ゲームまたは30ゲームのセットで獲得枚数は100枚または300枚程度でありながら、激しい連続性を持ち、一撃で数千枚、一日の差玉で10,000枚の獲得も可能な爆発的なゲーム性を備えていました。

アシストに従って目押しをすれば、設定6での平均獲得枚数は理論値で7,500枚程度、出玉率で約140%という脅威のスペックであり、大ヒットを記録しました。

その後、各メーカーから続々とAT機が登場し、「AT全盛期」を迎えました。

獣王発売から約一年後の同年12月には、ロデオ製「サラリーマン金太郎」が「スーパーAT」に「押し順ナビ機能」を併せ持った機種として登場し、こちらも大ヒットとなりました。

2002年に入ると、通常時のベースをカットし、射幸性を極限まで高めたサミー製「アラジンA」や、ミズホ製「ミリオンゴッド」などが登場し、ホールでは一日の差玉で50,000枚を越す事例まで現れ、異常事態とも言える状況が生まれました。

これにより、爆裂AT機時代は頂点を極めました。


ストック機の登場と進化

2000年10月、初のAT機「ゲゲゲの鬼太郎SP」が発売された同年、ネット製「ブラックジャック777」が発表されました。

この機種は「リプレイタイム」と呼ばれる機能を搭載しており、リプレイタイム中に引いたボーナスは全てストックされるという革新的なゲーム性が市場で注目を集め、これが「ストック機」の原点となりました。

その後、この機能を進化させた山佐製「スーパーリノ」が2001年9月に発表され、こちらのリプレイタイムは通常プレイと変わらず進行していく中でボーナスがサイレントにストックされていく「サイレントストック」と名付けられて発売されました。

この機能は「合法的な貯金方式」として受け入れられ、以降さまざまな機種に採用されました。

AT機が全盛を迎える中、ストック機もまた存在感を示し、ホールにおいてはこれまでにないムーブメントが巻き起こりました。 パチスロ史上初めての試みであるストック機は、ボーナスを進行中にストックできるという新たな要素を加え、プレイヤーたちに新しい遊技体験を提供しました。


パチンコ・パチスロの歴史を知ることは、パチンコ業界での転職知識として役立つだけでなく、転職後の業務にもきっと役立つはずです。つづく第⑪回は「パチスロ押し順ナビの登場」をお伝えします。

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