パチンコ転職知識

パチンコの歴史⑦ CR機普及と射幸性の増大

本コラムでは、パチンコ業界での転職に役立つ知識としてパチンコ・パチスロの歴史についてお伝えします。第7回は「CR機普及と射幸性の増大」です。

目次

CR機の普及遅れと名機の影響

鳴り物入りで登場したCR機は、導入コストやランニングコストの高さ、スペックの弱さなどが原因で市場での普及が進まなかった。

確率変動機能搭載ではあるものの、確変突入率や継続率が低く、その多くが電チュー非搭載機種で確変中も玉が減るといった問題がありました。

市場には「保留玉連チャン現金機」が多く存在し、CRを導入するメリットがほとんどない状況でした。

しかし、連チャン現金機は合法であるかどうかが曖昧なグレーゾーンに位置しており、行政も放置できない状態でした。

日工組も1993年7月に一部機種の販売自粛、10月15日には同年3月31日以前に申請された連チャン機の受注制限を決定しました。

その後、「ダービー物語事件」が発生し、行政の本気度が感じられたことから、翌1994年にはCR機の内規が緩和されました。

確率変動が10倍アップまでで最高50分の1まで許容され、一度確変に入れば次の次の大当たりまで確変が続く「2回ループ」が認められました。

この中で登場したソフィア・西陣製の「CR花満開」は、一部のホールで設置され、一定の人気を博しました。

しかし、その勢いは限定的であり、市場全体ではCR機の導入が一気に進むことはありませんでした。

ホールの設置機種には「絶対に外せない名機」が多く、例えば「フィーバーパワフルⅢ」「麻雀物語」「フィーバークィーンⅡ」「ダイナマイト」など、これらの名機が圧倒的な存在感を持っていました。

そのため、CR機を導入することはこれらの名機を撤去することを意味し、その決断を躊躇するホールが多かったのです。

現金機の名機が市場に多く残存していたことが、CR機の普及を阻む一因となりました。


社会的不適合機の撤去とCR機の急激な普及

1995年、日遊協内に設置された「遊技機のあり方に関する検討委員会」が、遊技業2001年会から選出された8委員によって構成されました。

この委員会は、遊技機の適度な射幸性について検討を行い、その結果「社会的不適合機」の選定と自主撤去が決定されました。

最終的には全108機種、全国の設置総台数約70万台におよぶ大規模な自主撤去が行われました。

1996年9月12日、第一次社会的不適合機は1997年1月末までに撤去、第二次は同5月末までに、第三次は同9月末までに撤去するよう決定されました。

また、1997年9月の理事会で決定された第四次も同10月1日に発表され、翌年1月末までの撤去が決まりました。

これらは検定取り消しではなく「自主撤去」であったが、多くのホールがこれに従い撤去を進めました。

代替機としては、「CR・黄門ちゃま2」「CRバトルヒーローV」などを代表とする「CR・2回ループ機」が導入されました。

この「社会的不適合機」の撤去により、CR機の導入が急激に加速しました。 しかし、一方で「CRの2回ループ機の方が、撤去した社会的不適合機より射幸性が高い」という矛盾が問題視され始めました。



CR機の普及と2回ループ機の隆盛

「社会的不適合機」の撤去に伴い、CR機の導入が急激に進展しました。

市場には「確変なしの完全ノーマル機」と、「確変図柄なら以後2回当たるまで確変の2回ループ機」といった2つの選択肢しか残らなかったため、多くのホールがCR機導入に踏み切りました。

特に「CR黄門ちゃま2」「CRバトルヒーローV」などを代表とするCR2回ループ機は、予想以上の成功を収めました。

これらの機種は、当時から「CR2回ループ機の方が、撤去した社会的不適合機より射幸性が高い」とまで言われ、その高い連チャン性に多くのファンが魅了されました。

液晶技術の進化により、演出面でも完成度が向上しました。

当時の主要な2回ループ機のスペックは、確変突入率は3分の1、大当たり確率は400分の1前後で、確変で当たれば2回連続で通常図柄を引くまで確変が継続しました。

計算上の確変継続率は55.6%と見えますが、確変図柄で当たった場合は「最悪でも3回分の大当たりが確約」され、確変大当たり時の平均大当たり回数は5.25回、獲得玉数は12,600個に達しました。

現在の日工組内規では、最大期待出玉が6,400個、総量規制が7,900個までとなっています。

さらに「スマパチ」に搭載されている「Cタイムの引戻し」も考慮しても、引き戻しは20%以内に規制されています。

これに含めても最大で9,875個となり、ヘソでの初当たりが1,500個であっても最大値は11,375個と、当時の2回ループ機には及びません。

当時の市場は「40個交換」が主流であり、無制限ではなくラッキーナンバー制が広く採用されていました。

このルール下で「確変で当たれば最低7,000個、平均で12,000個」といった出玉感と、「確変でなくても2,400個は出る」という安心感が、多くのファンの投資意欲を引き起こしました。 ただし、当時から「12,600個」という射幸性には一部で問題視の声もありましたが、当時の行政と業界団体は「CR導入によるインのクリア化」を推進しており、この問題は表面化することはありませんでした。


時短搭載による射幸性の増大

1994年に大ヒットした平和製「CR黄門ちゃま2」の成功に続き、1995年には現金機においても画期的な遊技機「エキサイトレディ2」が登場しました。

一部で問題視された「ダブルスタンダード」にもかかわらず、「エキサイトレディ2」は時短システムを導入し、連チャン機や確変機能が制限された現金機に新しい選択肢をもたらしました。

この時短システムは、電チュー確率は変動しないが、電チュー抽選のデジタル変動秒数が短くなる期間を設け、実質的に玉が減らないようにするというアイデアでした。

この時短システムはCR機にも波及し、1995年にマルホン工業が発売した「CRスパークシュート」がその先駆けでした。

この機種は2回ループ機でありながら、「通常大当たりおよび確変終了後に50回転の時短」が搭載され、その後、他社からも「2回ループ+時短機」が次々と登場しました。

最も高い射幸性となるスペックである「2回ループ・オール16ラウンド・時短100回」というスペックを持つ三洋物産製「CR大工の源さん」が1996年に登場し、高い確率と時短の組み合わせが支持され、40万台を超える大ヒットとなりました。

しかし、時短が加わったことで期待出玉が増加し、結果として「CR機の射幸性の高さ」が問題視されるようになりました。

市場に一定数のCR機が設置され、2回ループに時短が追加されたことで、射幸性が飛躍的に向上したことが問題視されました。 これがきっかけとなり、CR機の射幸性に対する懸念が表面化し、今後の市場動向に大きな影響を与えることとなります。


パチンコ・パチスロの歴史を知ることは、パチンコ業界での転職知識として役立つだけでなく、転職後の業務にもきっと役立つはずです。つづく第8回は「パチスロ4号機の台頭」をお伝えします。

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